存在しないプラトニックラブ

雑和失礼(ざわしつれい)といいます

父滅の刃 弍〜酒柱編〜

 まず、長いものだが先にこの「父滅の刃 壱〜立志編〜」を読んでみてほしい。

https://kagurazakaitekomashitaroka.hatenablog.com/entry/2021/08/06/%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%83%89%E3%83%A9%E3%81%88%E3%82%82%E3%82%93_%E7%A5%9E%E6%A5%BD%E5%9D%82%E3%81%A8%E7%8B%82%E3%81%A3%E3%81%9F%E8%A6%AA%E7%88%B6

 別に読まなくてもいい。これを読んだところであなたの得することはひとつとして無いからだ。俺がいかに親父と仲が悪いかを書いたこの記事は、俺がムカつくわりに相談相手の一人もいないから腹いせのつもりでネット空間に放出しただけの話である。だからそもそもこの話自体、誰に読んでほしいというものでもない。ただ今現在あなたが読んでいるこの「父滅の刃 無限別居編」を読むにあたって、これは上記の記事「映画ドラえもん 神楽坂と狂った親父」の続編なので読んでいた方が話が入ってきやすいというだけのことなのだ。

 

 最近妹が夕食を食べようとしない。

 コロナ禍に入ってから動く機会が少なくなったという理由で白米を一切食べないようになっていたのだが、高校が再開して部活が始まっても夕食で食べる量は一切増えず、ついにはプロテインだけ飲んで不機嫌なまま食卓に座っているようになってしまった。

 小学生の頃はそこそこ太っていた妹だったが、みるみるうちに痩せていって目と口ばかりが目立つようになった。

 俺は兄として不甲斐ない話ながら、妹の顔をあまり良く見る機会も無かったので大して気にしていなかったのだが、母に言われて初めて妹がかなり痩せていることに気が付いた。それまでは夕食を食べないのも、年頃の女子にありがちな強迫観念的ダイエットの傾向が発現しているのであって、まあ一過性のものだろうし大したことではないと考えていた。しかし母に言われてから改めて見る妹の顔はもうホラーマン並みの激細りであり、俺は事態に対する認識の甘さを思い知ることとなった。なので「みるみるうちに痩せていって」と書いたのは客観的な妹の状態変化であって、変化の過程を俺が直接認識していたわけではない。

 母や俺がいくら言っても妹は食べようとしない。苦肉の策として、母がアップルパイや菓子パンなどの甘い物を用意すると少しだけ食べる。つまり妹は「量のあるものを体に入れると太る」という強迫観念に取りつかれてしまい、単純なカロリー計算もできなくなっているのだ。アップルパイは一般的に知られているように高カロリーだが、一切れだけなら量が少ないので問題ないという理屈である。そしてその理屈によれば量が少ない分には太らないので、より満足感のある甘い物を好んで少しだけ食べるようになっているのだった。

 かさのあるものを食べた直後に体重計に乗れば、食べた食事の重さが未消化のまま上乗せされるのだからその分重く表示されるのは当たり前であって、低カロリーの食事ならそのあとエネルギーに変換されていくのだから太りはしないと言っても理解しようとしない。無理に食事を減らすダイエットは体を飢餓状態の代謝に持って行き、少量の食事でも逆に脂肪として蓄えようとするからむしろ太りやすくなるのだと諭しても解からない。

 成長期真っ只中のこの時期に間違ったダイエットのせいで正常な栄養摂取が出来なければ将来的にあらゆる病気のリスクが高まるのだと教えても、刹那主義に生きる妹にとっては今がすべてなのだ。将来のことなど考える頭は妹には無い。

 どれだけ時間をかけて説得しても、妹は泣いたり「ママの料理が嫌いなわけじゃない」と見当違いのことを言うばかりで話にならなかった。最もこれは俺や母の説明のしかたが悪いのかもしれない。

 そんなこんなでとにかく、妹の栄養源は朝のバナナジュースと弁当だけになってしまった。バナナジュースと弁当食ってんならいいじゃんと思うかもしれないが、これは程度の問題ではない。これが拒食症の入り口かもしれない。慢性的な摂食障害になってしまったら命が危ない。

 といったようなことを心配する俺と母は、結局クリニックを見つけてカウンセリングに連れて行くことにした。今時女子高生の摂食障害などはよくある話で、おそらく既にある程度間違いのない治療法が確立している。素人の俺達があれやこれや工夫して説得しようと試みるよりも専門家の助けを借りる方が早いと思ったからだ。まだ連れて行っていないが近日中に連れて行く。

 このようなことをしている間、親父はぜ~んぜん頼りにならなかった。俺と母が妹を諭している間はまあ(夕食の席だったので)となりに座っていろいろと言っていたが、その内容も極めて滅茶苦茶である。

 しまいには、「カロリーメイトは普通の食生活をしていない人がバランスをとるために食べる総合栄養食で、どんなに食生活が荒んでいてもカロリーメイトさえ食べてれば大丈夫だからなるべくカロリーメイトを食べなさい」みたいなことを言い始めた。これは親父がもともと極端に代謝の低い男で、その上胃が小さいので一日にパン一個とかで数年暮らしているような人間だからこんなに適当なことを言えるのかもしれないが、真っ当な保護者からしたらたまったものではない。親父と違って妹は思春期で成長期の若者なのだ。もし妹が真に受けて「カロリーメイトしか食べない」とか言い始めたらどうしてくれるつもりなのか。

 まあ俺にとって親父が頼りにならないという程度のことは既に分かりきった事実なので大して気にしていなかったが、母としてはやはり配偶者が娘のことを心配していないというのは不満だったらしい。妹が寝た後、親父に「あまり心配していないのか」と問いただした。

 これはかなり珍しいことだった。親父は自分にとって不都合な事実を認めることを絶対にしない。つまり、その場で「あまり真剣に考えていなかったかもしれない。ごめん」などと謝罪して終わるようなことは考えられないのだ。絶対の絶対に喧嘩になる。それを身に染みて分かっているはずの母が親父を問いただすなど、滅多にないことだった。

「家族全員で攻め立てたのでは彼女の逃げ場がなくなってしまう。それではかわいそうなので俺はあまり強く言わないようにしていた」みたいな釈明を親父はした。二人がリビングで言い争っている間、俺は隣の自室で作業しながら聞き耳を立てていた。正直関わりたくなかったのだ。

 しかし次第に喉が渇いてきた。俺の部屋からキッチンに行くためにはリビングを通過する必要がある。俺は母がトイレに立ったタイミングで水を汲みに行った。

 俺が水をコップに汲んでいる間、親父が話しかけてきた。

「娘が痩せたいと言っているのに母親がアップルパイを用意しているんじゃダイエットにならないんじゃないのか。俺は俺なりに妹子(以後妹の名前を妹子とする)のことを考えていろいろやっているのに、あまり心配していないと言われたんじゃあまりに悲しい」

 みたいなことを言っていた気がする。これは親父の常套手段というか癖で、否定的なことを言われると相手に言い返す代わりに「自分がいかに傷ついたか」を他の家族につらつらと話して同情を求めるのだ。

 俺は「妹子が何を言っても何も食べようとしないから母親としては苦肉の策で栄養を取らせるために甘い物を用意しているのだと思うが、それが気になるなら母に直接言えばいいんじゃないか」と言った。俺の喧嘩ではなく母と親父の問題なのだ。巻き込まれたくない。

 俺が自室に戻って母が帰ってくると、親父は同じことを母に言った。珍しく丁寧な言い訳をしたのだ。しかし母は納得できない。シンプルに論点がずれているし、親父に対して「あまり心配していないのでは」と言ったことに対する反撃(俺に文句を言う以前に母親がアップルパイなんか用意していることもおかしいだろという意味の)なので納得するわけはないに決まっている。

 喧嘩はますますヒートアップして、お互い机を殴りながら怒鳴り合うレベルに白熱した。親父は「俺が心配しているとかいう以前に、君は夫である俺を頼ってないし立てようとしないよね」と言う。いつものやつだ。詳しくはやはり冒頭に貼り付けた記事を読んでほしい。

 簡単に言えば親父は手取り20万に満たないフリーランスの物書き(自称)で、その少ない手取りもほとんど家に入れていない。仕事のことを聞いても答えず、勝手に会社を辞めたり起業しようとして失敗したりしている(勝手に会社を辞めていたというのも、親父が渡ってはいけない道路を渡ろうとしてバイクに撥ねられた時に担ぎ込まれた病院からの電話で『身分が不明なのだが、お仕事は?』と聞かれたことで露呈した事実だった。つまり親父は事故が無ければ会社を辞めたことすら家族に話さないつもりだったらしい)。

 俺達家族がどうやって生活しているのかというと、会社を立てて成功した母方の祖父に生活費をもらっている。俺がバイトもしないで大学院に入る~とか言ってられるのもそのおかげだ。なので働いていないという点で俺は親父に文句を言う資格がないのだが、親父は親父で俺に「父親ズラ」をする資格もないということになる。父親として本来やるべきとされていることを何一つやってこなかったのだから。

 家に金を入れず、仕事のことを聞いてもはぐらかすか逆ギレするかで何も話そうとしないような男が妻に「亭主の俺を立てようとしない」という理由で怒るのは正直狂気の沙汰だと皆さんは思うだろう。

 しかし親父にはそこらへんの倫理観が完全に欠如している。逆に、大黒柱としての実質を果たしていないという後ろめたさから疑心暗鬼になって俺達家族に「俺を信頼していない、頼っていない」と難癖をつける癖がついたのではないかと思う。

 親父は家族が自分の承諾なく何かを始めたり買い物をしたりすることを極端に嫌う。今年、母が自動車免許を取ると決めて教習所に入ったことを事後報告で親父に伝えた時もそうだった。俺と二人きりになったとき、『自分だけ知らされなかったことでどんなに傷ついたか』をつらつらと語った。俺が高校の頃、パソコンが欲しいと母に言って中古で買ってもらったことを知った時も『何故俺に先に相談しない?パソコンのことなら俺の方が詳しいんだから普通は俺に相談するはずだ。俺に言えばパソコンの一つくらいスッと買ってやったのに、馬鹿だね』と散々ブチ切れて粘着してきた。この時は説得に一時間くらいかかった。

 まあそんな話は挙げればきりがないのでこんなところにしておこう。つまり親父は俺達に対する疑心暗鬼と支配欲求の暴走でおかしくなっているのだ。

 

 結局母は怒って自室に行ってしまった。

 リビングには親父が残された。俺は親父が自室に戻るまで部屋を出たくなかったが、トイレに行きたくなったので結局行った。当然、トイレの帰りに話しかけられる。

 「お前、ずるいじゃん」と言われた。俺は「味方をしろと?」と答えた。

 「そうじゃなくてさ、こういうのは家族の問題なんだからなるべく参加して、一緒に解決しようとするのが家族のあるべき姿なんじゃん」

 親父は言う。意訳すれば「母さんがおかしいことを言って俺を責めているんだからお前は出てきて味方するべきだろ」ということだ。俺は21にもなって夫婦喧嘩にわざわざ首を突っ込みたくないと言った。

 親父は家族家族と繰り返す。俺はもう本心で話すことを決めた。

 「家族家族というなら、親父は今まで折れるべきところを全く折れてこなかった。母が親父に相談しないことが多いのは親父を信頼していないからで、そうさせたのは親父だし、不信が積み重なって夫婦間の信頼関係が完全に破綻したんだろう」という旨のことを言った。

 親父はもう完全にブチ切れた。「お前や母さんが俺のことを嫌いなのはよくわかった!」と言い出す。いつものやつだ。

 「嫌いなわけじゃない。血の繋がった親子だし、いままで21年間一緒に暮らしてきた愛着もある。ただ俺は親父を尊敬していないし頼ってもいない」

 俺は言った。これが本心だ。俺は親父が嫌いなわけじゃない。ただ頭が悪くて病的に自己中心的だから尊敬に値しないと思っているだけなのだ。あと話が通じないので関わりたくない。

 親父は何故かと聞いてきた。どうしてそんなに言われなければいけないのかという風だ。5年前の喧嘩の時に言っていた大昔の話(上述の記事に書いてあるやつ)が理由なら、それをいまさら持ち出すのはナンセンスだという。

 しかし俺がそういうことの積み重ねで親父に対する信頼を失っていったのは事実なんであって、それをナンセンスだと言われたらもうお話にならない。つまり自分に都合の悪い話は聞こえないのだ。だから養ってもいないのに母に向かって「俺を立てない」と怒ることが出来るんだろう。

 俺は成人して以降親父からずっとバーに誘われていた。高校一年のころ、泥酔して駅で大騒ぎした親父に死ねと怒鳴ったことがある。よほどショックだったらしく、それ以来ことあるごとに俺に謝らせようとあらゆる手を使って俺に干渉してきたうちの一つだ。詳しくはやはり上の記事を読んでほしい。

 バーで親父と話すのは死ぬほど嫌だったが断ったところで角が立つに決まっているので、どうせならバーで親父に対する本心を言おうと思っていた。しかしその前に喧嘩になったのだからいい機会だ。俺はバーで話すつもりだった本心を全部その場で伝えることにした。

 まず俺は親父を尊敬していない。頼ってもいない。親父と母の夫婦関係は破綻していると思う。そして親父は自分のことを理屈っぽい方だと言うが、俺から見る限り親父は完全に感情型である。(これに対し親父は『俺は普段から冷静に話をしようと心がけているし、今日のように机をたたくほど怒ったのも数年ぶりだ』と言い返したので、それは親父がキレる前に俺達が折れて来たからだと言った。)

 「なんでそんな冷静でいられる?お前が理詰めになればなるほど俺はダメになってく!」みたいなことを親父は言った。ブチ切れていた。俺は自分の心拍と体温が急上昇するのを感じていたが、絶対悟られないように真顔で足を組み、両手をポケットに突っ込んでどっかりとソファに座っていた。弱気を見せたら付け込まれるからだ。

 親父は俺が中学までは激高すると俺に掴みかかってきたが、高校辺りからは手を挙げることはなくなった。俺はやせ型で体重も軽かったが、もし本気の喧嘩になったら良い勝負になってしまうと無意識に理解していたからかもしれない。

 しかしそれでも、阿修羅像のような顔の中年男性が目の前で鼻息を荒くしているのだ。そりゃこっちだって緊張はする。しかしここで折れたら元の木阿弥だ。母は何十年とこれを繰り返して、結局負けたのだ。

 しばらくすると親父は黙りこくった。もういい、ああもういい、もうわかった、みたいな独り言ともつかないことはつぶやいていたがもう会話する気が無いのは分かった。

 会話する気が無いのならさっさと自室に戻ってほしいのだが、何故かずっとリビングの椅子から動こうとしない。恐らく俺が「言い過ぎた」と謝るのを待っているのだろうと思われた。とにかく自分の納得するように他人が解決してくれるまで自分は何もせずに圧力をかけ続ける癖が親父にはある。

 埒が明かないので俺がまた口を開いた。聞きたいことがひとつあったのだ。

 親父は俺に怒鳴られてから今日まで、どういうつもりで酒を飲んでいたのか。

 ずっと疑問だった。酒に酔って家族とトラブルになること数知れず、それでも翌日にはケロッとした顔でストゼロ缶とかを持って二階に上がってくる(自室は一階)。仕事が無いので常に家にいる(本人は認めず、在宅の仕事だと主張しているがなんにせよ昼過ぎまで寝ているし仕事をしている気配はない)が、家で見かけるときは必ず水筒を持っている。水筒の中身はブラックニッカか角の水割りだ。(本人はお茶と言っているがお茶からウイスキーの匂いがするわけはないのだ)

 アル中なんじゃないかと思うし、アル中でないなら余計に頭がおかしい。酒を飲んで酔ってトラブルになるという因果関係を理解できていないのか、俺達家族を舐め切っているのかのどちらかということになるからだ。

 俺は聞いた。

「前に俺に怒鳴られた時も酒に酔って俺にダル絡みしてきたからで、ついこの前だって酔って車の保険の話をしている最中にわけのわからないことを言って喧嘩になった。そもそも俺に死ねと言われた時に泥酔してて離婚という話にまでなったわけだから、『家族と向き合う』だの言うならまず自分が酒を辞めるのが普通なんじゃないか。あんなことがあった後に息子をバーに誘うという神経も理解できない」

 というようなことだ。

 親父は答えた。

「そんなことは今、俺がどんなにお前たちと向き合ってるかってことに全然関係ない。俺は酒飲みだから、酒を飲むんだし、明日だって同じことするかもしれないよ。別にそんなこと悪いと思ってないんだから」

 正確な口調は覚えていない。しかし内容としては確かにこう言ったのだ。

 怒りは無かった。「やっぱりな」という感覚が大きかった。

 そもそも酔っている人間は当時の記憶を翌日に持ち越さないことが多い。会話が成り立たないほど酔っていれば尚更だ。親父は自分が家族に何を言ったか、何をしたか、覚えていないのだ。

 いやまあ完全に忘れているわけではないのだろうが、そこは自己愛の究極形態である親父のことだ。自分が息子に何を言ったか、家族に何をしたか、その部分は前提として大した問題ではないのだ。彼にとって大事なのは、自分が何を言われたか、自分が何をされたか、自分がいかに傷ついたか。自分が自分が自分が。これだけなのだ。

 だから自分が酔っていたことなど関係ない。駅で大騒ぎして娘を泣かせたことなど関係ない。家に金を入れていないことなど関係ない。息子に何を言ったかなど関係ない。仲直りしてと過呼吸になりながらせがむ娘をうるさいと怒鳴りつけたことなど関係ないのだ。

 息子に反抗された。死ねと言われた。妻に別居してくれと言われた。傷ついた。自分は息子に手紙を書いたのに息子は返事をくれなかった。傷ついた。親父の頭にあるのはそれだけだ。歪んだ自己愛と被害者意識の塊。それが親父なのだった。

 妹の摂食障害のことだってそうだ。親父自身妹のことに本当は興味なんてない。どうでもいいのだ。だから自分からは関わらない。しかし心配してないなどと言われると自分の尊厳が傷つけられるから反撃する。母親が甘いものを与えるからいけない、どうして俺に相談しない、お前らは俺のことを頼ってない立ててないと。

 冷静に理解はしたが、しばらくすると最初は感じていなかった怒りがふつふつと煮えて来てしまった。

「もういい、ここまで認識がずれてるなら話しても無駄だ。もう二度とあんたには心を開かん。冷静でいようと思ってたがこっちまで腹が立ってきた。さっさと下行ってくれ」

 俺は言った。親父は動かなかった。

 本当は死ねと言いたい。クズが。どこまでも救えない。気狂いめ。さっさと死ね。

 しかしここでそれを言ったらまた同じ過ちを繰り返すことになる。どのみち俺が実家を出るまで別居はできないのだ。もし言えば、親父の膨れ上がった被害者意識はさらに粘着質になって俺を謝らせようと必死に干渉してくるだろう。

 殴るわけにもいかない。苦肉の策としてめちゃくちゃデカい舌打ちをした。

 親父はそれでも動かなかったが、しばらくすると立ちあがり、のそのそと階段を降りて一階に戻っていった。

 

 俺の方はと言えば怒りの矛先をどこに向ければいいのか持て余していた。しばらく考えた後、20歳の誕生日に親父がくれたグレンリベットの瓶を掴んで外に出ると、自宅の駐車場でコンクリートに叩きつけた。

 21にもなって何をしているのかと思う。ちょっと前に友人から聞いたフロイド心理学の、人はどんなに衝動的に感じる行動でも一度は思考を挟んだうえで無意識に実行する決断をしているという説が頭をよぎった。

 怒りのあまりというよりもストレス解消の手段として割ったのだ。「これ割っちゃお」と思った瞬間を覚えている。

 結果俺はめちゃくちゃ後悔することとなった。思った以上に破片が飛び散ったのだ。

 後始末には一時間ほどかかった。猫が歩く場所なので小さな破片でも残っているとまずい。一時間かけて破片を拾い上げ、水で流して塵取りでまとめている間に俺の頭は嫌でも冷えていった。

 冷静にはなったが、最悪な気分は抜けない。理性で抑え込んでいるだけであって、殺せるなら人一人殺すエネルギーの怒りだ。頭が冷えても怒りが発散されることはなかった。

 夜中の2時くらいだったが駅前のカラオケに行き、夜通し歌った。正確には夜通し歌うつもりだったのだが午前5時半でいったん閉店するのを知らなかったので3時間くらいしか歌っていない。主に椎名林檎ジョジョのOPを歌った。

 

 俺と喧嘩になる前、母はまた親父に別居の話を持ち出していた。

 親父は絶対に別居に応じない。ウチの家の名義は親父になっているので、無理やり追い出すことはできない(正確には土地の権利は母なので、土地の所有権に基づく妨害排除請求権として家の解体撤去を求めて起訴すれば家ごと親父を追い出すことはできるのだが、その場合家を1から立て直すことになる)。

 「俺は手放さないよ」と親父は言う。家のことだ。親父はむかし勤めていた母方の祖父の会社を辞めた時、退職金を家のローンに当てた。だから貯金が無いのでここを追い出されたら生活できないのだ。「じゃあ俺はどうやって暮らすんだ」と本人も言っていたし。

 そもそも手取り少なすぎでローンも組めないので、実際住むところが無い。賃貸も断られるだろう。正直そこまで面倒を見てやる覚えもないのだが、自殺でもされたら妹が立ち直れなくなる。

 つまり親父は妹を傷つけたくない俺達の気持ちを人質に取っているようなものだ。母が離婚の話を出さないのも、俺が妹の前で親父と(なるべく)喧嘩をしないのもそのためだ。

 結局親父はまだ家にいる。何もせず、何にも応じず、ただ時が過ぎて俺達が根負けするのを待っているのだ。

 数日後、妹のいない間に両親と俺の3人でリビングに集まった。

 冷静に改めて別居を提案するつもりだったが、俺は我ながら珍しく感情が先立ってしまい、ただ「出ていってほしいと思っている」「今後親父と何も話すことはない」と繰り返すばかりで正直話し合いにならなかった。

 話し合いの初めに、親父が「まさか5年前の駅でのことをまだ言われるとは思わなかったんだけど」と言ったからだ。あの時死ねと言われたことをずっと根に持って、俺に謝らせようとひたすら粘着してきたのは親父の方だろうに。俺はそれが嫌で決着をつけたいと思っていたのに。相手の方から厳しくこられれば今度は手のひら返しだ。執着していたのは自分だという事実をすぐに切り捨てて「数年前のことを息子がまだ怒っていて困る」というスタンスに一瞬で切り替えたのだ。

 こういうことをされるから「こいつと真面目に向き合っても損するだけだ」と思ってしまうのだ。もう怒りも感じない。俺の中にあるのはただ「もう関わらないでほしい」という、祈りに近い要望だけだった。

 「もう俺をどうこうしようと思わないでくれ、俺が家を出るまでは同居するのでもう構わないがこれ以上は頼むから干渉しないでくれ」ということを伝えればよかったのたが、俺は冷静ではなかったのだろう。「もう親父と話すことは何もない」としか言葉が出てこなかった。しまいには「まだ二十歳過ぎなのにそんなことを言うな」と親父に怒られた。もう何が何だかである。お前が死にさえすれば全ては解決するのに。

 俺の話がまとまらないのに対して親父は何故か冷静に見えた。俺が「愛想尽かされてると分かってるのか」と聞けば「分かってる分かってる」、「お前がそんなに頑なになっちゃってるんだったら、もう簡単に解決できないのもわかる」と言った具合にのらりくらり、自分の異常性は完全に無かったことにして「息子が頑なに怒って困る」と言った様子だ。もう反抗期の息子を宥める父親である。奴はこういう芸当が本当に上手い。人の癪に触ることを繰り返して疲れ果てさせ、相手か自分が激昂しない限りは結局自分が優位に立つように立ち回るのだ。

 

 俺も母も疲れ果て、いつのまにか年が明けて一月の終わりになった。妹の体重は40キロを切った。

 高校1年生の娘がである。体調にも不調が出始めている。指摘した母と妹で喧嘩になった。妹は頭は悪くないのだが、物事を短絡的に考えるきらいがある。反抗期もあるのかもしれない。母が言うすべてに「じゃあなんで何もしなくても太らない人がいるんだ」「ママの料理が嫌いなわけじゃない」「なんで自分ばかり怒られなきゃいけないんだ」とことごとく言い返し、最終的に母が発狂して妹は泣く。これの繰り返しだ。俺が仲裁しようとすると妹にブチ切れられる。

 結局母が産婦人科に予約を入れ、専門家の話を聞くまでダイエットの話は一切しないということになった。

 妹の摂食障害、それに関して親父が頼りにならない、俺と親父の喧嘩、そしてたまに発生する妹と俺の喧嘩(これは俺が大人になりきれないせいだ。なるべく言葉を選んでも何か文句を言うとキレられるので手に負えない)。母は限界が近い。

 俺はいま家庭崩壊を妹に悟られたら摂食障害が悪化するのが目に見えているので、妹の前では親父に対する態度を取り繕わなければいけない。

 先日俺と喧嘩になってから親父は徹底して俺を避けていた。息子に傷つけられるのがもうたくさんだと言わんばかりだ。しかし妹の前でもそれをされると悟られる可能性がある。親父に妹のことを考える頭が無いのは分かりきったことだからこそ、妹の前では俺の方から積極的に取り繕う必要があった。

 昨日、珍しく夕食中に親父から話かけられたので俺は明るく応じた。本当は反吐が出る思いだ。しかしそれは絶対に出せない。

 親父はみるみる機嫌がよくなっていき、水筒の水割りを飲みながら俺が小さいころの昔話などを始めた。しまいには親父の妹(俺の叔母)に送ると言って俺と妹を並べさせて写真を撮り始めた。

 俺は本当に怖くなった。親父は恐らく「俺が親父を許した」と確信したのだ。

 正確には親父を許したと言うより「俺が折れた」と勘違いしている。親父はピンチを乗り越えたのだ。だからまた、これからも元通りの生活を送ることが出来ると思っているのだろう。そしてゆくゆくはまたバーなどに誘ってくるだろう。そうやって俺を懐柔してまた謝らせようとするに決まっている。そして俺が拒否して喧嘩になる。それもまた無駄なのだ。実家を出るまで同じことが永遠に続くのだ。

 親父が下に帰った後、俺はなんとなくリビングでテレビを見ていた。

 かと思うと急に目頭が熱くなってきた。俺は訳が分からないまま急いで自室に引っ込んだ。

 自室のドアを閉めるともう涙がボロボロ落ちて来た。ひい、ひいといううめき声も出た。出たが、30秒もしないうちにどちらも一瞬で止まった。

 自分のことながら何が起きたのか分からなかった。なぜ急に泣いて急に泣き止んだのか混乱する。泣いている30秒間は全部がダメになったような気がしたが、涙が引っ込んでからは冷静さを取り戻していた。

 21歳の男が泣いてしまったことに対するドン引きだけが残った。

 翌日であるところの今日も俺は親父と仲良く談笑をした。

 

 実家を出たい。しかし猫を置いていけない。皆さんは馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないが、俺は猫が全てなのだ。猫が亡くなった時に後悔したくない。

 俺の猫は俺にしか心を許していない。外を歩くことが多いので実家から連れ出すのは無理だろう。そもそも外に出られなくなるストレスは並大抵のものではないはずだ。

それでも連れ出すことも考えて母に相談したが、将来自力で排泄などできなくなったときに俺が帰宅するまで苦しい思いをさせるのかと指摘された。その通りだ。猫だけ実家に残しても老後の世話を出来るのは俺だけだ。

 そもそもこの状態で俺が実家を出たら、親父からのストレスを受け止めるのは母だけになってしまう。そうしたら母はいよいよおかしくなるだろう。

 

 俺がどうしてこんな人に話しても仕方ないようなことを書いているのかというと、ただ知ってもらいたいからだ。

 やはり親父譲りなのだろう、俺は自己愛が強い。自分にかかるストレスに人一倍敏感なのだ。友達に相談したり愚痴ったりすればいいのだろうが、友達なんてほとんどいないし、聞かされる方はたまったものではないだろう。だから誰が読むかもわからない匿名のブログに書いてストレスを発散している。

 だから誰かが読んでくれるだけでいい。もっと言えば文章にして吐き出せばそれで満足である。落ちはない。こんな話に落ちはないだろう普通